鞍馬・貴船探訪記

                

 (1)この4月26日には、鞍馬、貴船に行ってきましたので、今回はこのときのことを記すことにします。今回のこの日に決めたのは、4月上旬(たいがいは6日からとか、10日からとか)にいつも四天王寺で古本市があるのを知っていて、それに行く予定で、それならば26日は大丈夫だろうとし、オーケーしたのですが、その後から四天王寺古本市は4月26日からと通知があって、驚くことになりました(今年からゴールデンウィークに合わせるようにしたみたいです)。日程がバッテングしたのです。

 私一人で計画している場合、鞍馬行きを取り止めにすれば良いことなんですが、今回は妻が主体的に宿泊を入れて計画していて、その決定にはつい最近もキャンセルしていたりしていたので、どうすべきか今回は躊躇われたのでした。けっきょく観光を優先し、古本市を後にすることにしたのです。

 鞍馬に行くのは今回で2回目ですが、前回は54年前の大学3年のときでした。同じゼミの人二人で10月22日の鞍馬の火祭を見に出かけたのでした。そのときは、聞きしに勝る大群衆で、返りの叡山電車(当時は別の電車名でしたが)は首都圏のラッシュアワー以上の混雑ぶり(30分間立ったままで押し合いへし合い状態)で、その日たまたま認め印を上着のポケットに入れていたのですが、帰ってその認め印を見れば、回りの丸の一部が欠けていました。車内はそれくらいの激闘ぶりでした。

 (2)今回の日程としては、鞍馬、貴船を回り、午後2時くらいにホテルに入り、妻はそこでゆっくり、ディナーまで喫茶、休憩し、その間、私は古本中間から聞いた、京都での新しい古本屋など、3軒を回ることにしました。これは上記で記した、日程バッティングへの、私なりの抵抗と言いますか、転んでもただでは起きない、ことを示すものです。

 とはいえ、鞍馬、貴船を回るだけで、最深部まで行かずとも、約1万歩以上歩いたのであり、足はガタガタとなり、さらに京都市内の古本屋を3軒回るのですから、古本屋3件目のときは古本を見るよりは、早くホテルに帰りたいと思うようになり、ホテルについたときは2万歩を超えていました。

 (3)鞍馬観光はお寺や神社への参拝というよりも、そこに至るまでの登山、山登りといった方が良さそうです。貴船の場合は比較的なだらかなですが、鞍馬の場合、鞍馬から登る場合であろうと、貴船から登る場合であろうと、急な山をじぐざくしながら登って行く感じです。比叡山の場合、山頂付近の三カ所がなだらかな、バスによる、並行的移動ですが、鞍馬の場合、見るべきものが垂直に配置されているので、すべて回って行くと大変です。どれだけ険しいかは「鞍馬山案内」のパンフレットでは何となく分かりますが、一番分かるのは普明殿というケーブル山門駅にある鞍馬山の立体模型です。

 そういう険しい山であるので、それだからこそ、仏道あるいは人間の修業にはもってこいの場所であり、ここが霊場とされてきたのでしょう。とはいえ、昨今の国民皆平登山趣味の風潮には抗しがたく、山(寺)の方でも、足の悪い人にも等しくお参りしてもらおう、とケーブルカーを設置しました(何年かは失念)。

 こうしたことを受けて、私等二人とも健脚にはほど遠いので、山(寺)の配慮をまじめに受け取り、ケーブルで行き帰りともに利用することにしました。そうすると、まじめに歩けば行ける由岐神社(火祭の主体)には行き当たらないことになりますが、それは仕方ないことです。

 こうしたことから言いますと、鞍馬に行くには、足が丈夫な、60歳くらいまでに行った方が良く、それ以降の年齢の場合は、ケーブルカーを利用するとか、鞍馬から貴船まで歩かず、本殿金堂で引き返す、など省エネを工夫した方が良い、と言えます。実際私等はそうしました。

 (4)鞍馬へ行くとなると、貴船とセットで行くのが常道です。一般的には、鞍馬から登って、貴船に降りてくるのが正です(山の高低差の関係)が、健脚な人はその逆(反)を行っても良いでしょう。省エネで行く場合、貴船には貴船口からバスで移動し、またバスで貴船口に戻る手があり、それと鞍馬行きを組み合わせれば良いでしょう。実際私等はそうしました。

 そのセットの場合、どこで昼食を摂るかという点がありますが、夏に涼しい川床料理を楽しみたい(極めて高額)なら、貴船でということになりますが、軽食にしたいという場合は、鞍馬でということになるでしょう。なぜなら貴船には軽食屋が少ないからです。鞍馬の場合、蕎麦を中心とした軽食屋が10軒ばかりあり、便利です。私等もそうしました。

 (5)最後に記さざるをえないことは、鞍馬、貴船という京都の秘境のようなところにも、外国人がわんさかと詰めかけている、ということです。さすがに貴船に来る外国人は鞍馬に比べれば、少数ですが、それでも貴船口と貴船の間のバスには、最低1組の外国人が乗っています。鞍馬の場合は、「わんさか」というのがピッタリで、しかもケーブルに乗るよりは、歩いて山頂を目指しています。私等と同じような高齢者でも。

 外国人のほとんどは欧米人です。中には東南アジア人もいますが、いかにも少数派ですし、中国人らしきものはほとんどいません。中国経済崩壊を如実に物語っています。

 なぜこのような京都の秘境を、外国人は知っているのでしょうか。それには英文の京都観光案内(あるいは日本観光案内)情報が効を奏しているのでしょう。日本や京都の魅力をSNSやユーチューブで発信している日本愛好家が活躍している結果だ、とも言えます。それに驚くのは、個人的な詳細なプランを持って、2週間とか、1カ月とか、長期の滞在にしている(円安が後押ししている)のも、こうした秘境に足を運ぶことに繋がっているのでしょう。

 私がヨーロッパに旅行していたときは、現役時代であり、休みを取るにしても、1週間かせいぜい10日くらいですから、ロンドンなど1カ所に集中するか、多くを回ろうとすれば、効率よくの観点からパック旅行にならざるをえなかったのですが、これら外国人は個人で計画を立てて、好きなところに寄っています。情報をうまく活用していることと、何でも見てやろうという探検欲が旺盛です。こういうところはまさに敵対型文明人のなせる業です。これには日本の治安が良い、ということが加速させています。皆さんも鞍馬と貴船に行かれてはどうでしょうか。

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『考えよ、問いかけよ』について

 (1)黒川清『考えよ、問いかけよ』(毎日新聞出版、2022年)という本があります。副題は「「出る杭人材」が日本を変える」となっています。こういう本をついに見つけました。そこから分かりますように、この本は、この閉塞感のある30年の日本の停滞をなんとかせねばならない、という救国思いからの書なのであります。

 そう書けば、感の良い人は、私の書き物傾向から、失われた30年の原因を追求する一連の流れか、と察してくれましょう。そうです、日本はここ30年間、経済成長できず、ずーと停滞したままであり、その間に欧米や中国に水を明けられ過ぎてきたのです。それに対して、日本人の誰からも、その原因を追及し、日本を立て直さねば!!、という声や本がほとんど出なかったのであります。

 そうであるならば、微力ながら私が発言しなけれはならない、と思っていとたころ、このメール交換会が始まって、その中で、このテーマを5・6回は採り上げてきました。採り上げた本ベースで言いますと、①野口悠紀雄『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎、2019年)、②加谷珪一『国民の底意地の悪さが日本経済低迷の元凶』(幻冬舎新書、2022年)ぐらいです。その後③大村大二郎『日本の絶望ランキング集』(中公新書ラクレ、2023年)も見つかりました。

 (2)そこで、本書『考えよ、問いかけよ』に戻って、その線に沿って考えていきたい、と思います。まず、この本の著者を明らかにせねばなりません。著者は経済学者や政治家や評論家ではありません。医学者です。ただ普通の医学者ではないのです。アメリカで16年間も研究を続け、今は日本にいますが、そのときの経験を買われて、医学行政や、科学全般の国家レベルでのアドバイスなどを行っている人です。国際的にはかなり知られた存在です。

 そういう人が今の日本を見れば、憂うことばかりであり、その憂うべき領域は、一つには高等教育の現場であり、それには本書の第1章「時代に取り残された日本の教育現場」を割り当ててあり、もう一つは科学技術の現場であり、それには本書の第2章「停滞から凋落へ向かう日本の科学技術」を割り当ててあり、もう一つは経済の現場であり、それには本書の第3章「「失われた30年」を取り戻せるか」を割り当ててあり、最後にそれらを踏まえて、日本の行くべき身とはということで、それには本書の第4章「日本再生への道標を打ち立てる」を割り当ててあるのであります。

 (3)その第1章で説かれていたのは、アメリカでの16年間の経験から、教育においても、科学技術においても、国際化されねばならない、ということでした。教育においては、高校も日本、大学も日本、大学院も日本というように、一度も海外に出ずに、日本の研究職に就くというコースが日本では一般的であろうとも、世界では非常識であり、学問的にはたいした成果を挙げられない、ということです。日本の大学を卒業したとしても、そのあと海外の大学院にしたり、日本の大学院卒の後は海外に留学したりすることを推奨しています。

 そうすることによって、異なる人種、民族の学生や大学院生や研究者と一緒に学ぶことによって、新たな発想が生まれたり、説明法で苦労したり、日本の井の中の蛙では味わえない、貴重な体験ができ、それが国際間で通用する成果を生み出すことになるそうです。アメリカではそういう効果が現れるように、大学の学生での人種、民族の混合、大学の教授での人種、民族の混合が図られ、教育経歴においても、一つのところに留まるのではなく、違ったことろに、どんどん移動していくことが推奨されています。

 そうしたことが端的に現れるのが世界大学ランキングであり、引用論文ランキングだそうです。世界大学ランキングについては、以前は東大や京大は世界20位や50位にランクされても、それは教授や学生の国際性の観点からのもので、いわば恣意的なもので、大学の質の高さを表すものではない、と思っておりましたが、こうした説明を受けると、この世界大学ランキングももしかしたら妥当な評価法かもしれない、と思うようになりました。

 このような考え方を突き詰めてゆくと、ある文明、ある社会をもっとも活発にする方法は、あらゆる人種、あらゆる民族を寄せ集めて、能力主義で競わせて、優れた能力を発揮した者を社会の上位者、指導者にする社会である、かもしれない、ということです。これを史上大規模に実現させたのはアメリカでした。現に同じアングロ・サクソンが社会の多数派にもかかわらず、イギリスは20世紀に入り、勢いを失い、アメリカは21世紀においても存在感を発揮しているのは、この差によるかもしれませんね。

 (4)ここまでは、私の言葉で喋ってきましたが、これらは黒川氏の主張に基づいていることを明らかにするために、黒川氏の言葉を紹介します。第1章で説かれていたものとしては、次があります。

〇日本の大学は「多様性に欠け、均質性が高く、国際性が低く、教育も学生も男性が多い一方、女性も外国人少ない」。
〇海外留学すれば、「自分を過信することなく、謙虚になる……その謙虚さが一層の努力に繋がり、やがて本当の自信を生み出」すが、日本人はそうしない。
〇「日本の大学教授は自分の研究テーマや業績だけに終身していて、次の世代の人材を育てるという意識が欠如している」。
〇「狭い日本の中で既定路線を進むしかない、と思い込んでしまう学生が少なからずいるのが、今の日本の閉塞感を生んでいる原因の一つ」。

 第2章で説かれていたもの、日本の科学技術については、失われた30年がなぜ生じたのか、の観点からのものだけに絞ります。

〇「主要国の研究開発総額の推移を見ると、この20年間にどの国も研究開発費の総額を増加させている中、日本だけが横ばいで推移している」。
〇「科学技術主要先進国の中で、唯一この30年間にトップ論文のシェアを減らし続けているのが日本」である。
〇「大統領府科学技術政策局(OSTP)……ほとんどのスタッフが各種分野の博士号を持っており、そのトップにいるのが随時助言する科学技術補佐官」である。

〇「「私は文系で、科学オンチだから」という言い方によって、科学リテラシーの欠如を免責されようとする風土」がある。
〇「予算をつければすぐに効果が出るという性質のものでは」ない。「今、投資をしなければ将来にわたって成果が滞り、結局はそのツケが回ってくる――そういう施策」である。
〇「科学技術という専門性の高い分野で、しかも継続性が重視されるべき政策担当大臣が常に「新人」というのもおかなこと」である。
〇「日本の科学技術政策は謳われる文言だけは立派」である。「しかし、国家の政策の根幹には組み入れられて」いないし、「トップは誰もそのことを認識して」いない。

〇「研究者はみな、プリンストン高等研究書を創設したエイブラハム・フレクスナーの小論文「「役に立たない」科学が役に立つ」(The Usefulness of Useless Knowledge)を読んでいた」」。
〇基礎研究が大切ということだが、日本ではそれが疎かにされている。「必要なのは幅広い分野の基礎研究に長期的に資金を投入することであり、国の、文部科学省の、もっと言えば、諸々の予算を握っている財務省の官僚が作った「選択と集中」は妥当であるかどうか検証する必要がある」。これはマイルドな表現であるが、それをシビアな言い方に変えれば、「選択と集中」とは全体の金額を減らすための言い訳であり、幅広い分野の基礎研究に長期的に資金を投入しない、ということであり、ここからして「選択と集中」とは愚策、失策であり、30年停滞原因の最大要素である。 

 (5)「失われた30年」の原因とそれからの脱却の道として、著者が唱えていたものとしては、次があります。
〇「「出る杭人材」こそが大きな可能性を秘めている」。
〇「もはや過去の成功談でしかない「モノづくりニッポン」」。
〇「20年遅れの日本のデジタル化と知財戦略」。
〇「イノベーションの達成を奪う日本の人材流動性の低さ」。
〇「産官学のタテ社会、新卒一括採用、終身雇用、年功序列、官尊民卑、大企業崇拝、学歴重視、横並び、忖度、出る杭を打つ」は改めねばならない。「研究開発のため企業と大学はヨコに連携せよ」。
〇「企業経営者に求められるのは「一人称」で考え、自ら決断すること」。

 (6)本書『考えよ、問いかけよ』の価値は科学行政に携わった者からの経験に基づいたものであり、しかも欧米の現代例を踏まえてのものですから、極めて現実的です。それがいわば自然科学的領域から提案されているのであって、逆に言えば社会科学系の研究者は今まで何をしていたのか、ということになります。

 著者・黒川清氏の調査力、提案力が如実に発揮されたのは、2011年の東日本大震災のとき、福島原子力発電所の事故が起こり、その調査機関として、国会内に「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(国会事故調)が設立され、黒川氏はその委員長に就任し、その調査と報告書作成のときでした。

 同時期に設置された、政府の調査委員会や東京電力の調査委員会は既存勢力との馴れ合いから、何等成果らしいものを導出できなかったに対して、国会事故調は中味ある原因とこれからの七つの提言を打ち出したのでした。この報告書は書籍としてまとめられ、出版されています(二・三種類出ています)。まさに金字塔でした。こうしたことから、黒川氏の知恵をもとに、日本経済立て直しを図っていかなければなりません。

カテゴリー: 政治・経済論

『どうせ一度きりの人生だから』について

 医師の川嶋朗氏の著書『どうせ一度きりの人生だから』(アスコム、2024年)の広告が1・2週間前の新聞に出ていました。その広告の中味だけからですが、何某かの言及する中味がある、と判断しましたので、その中味を紹介します。項目要素は次のとおりです。以下の「 」は著者の言葉であり、それがついてないものは、私がそれについて思ったことを述べたものであります。

(1)「「あなたはなぜ、生きたいか?」に答えられないと、後悔が残る人生に」
 これは人生問題での最大の課題でしょうね。「あなたは何のために(なぜ)生きているのか」という質問がよく出ます。この場合の「何のために」の「ために」が何を意味するか。それによって、答は大きく変わります。大きく分けて二つになります。それが原因であるならば、生命が持続しているから、となります。

 ですが、大概の場合、こういった質問では、目的について聞いています。つまり、「あなたはどういう目的で人生を生きているのか」「あなたは(限りある人生で)何をしようとしているか」、ということです。私の場合、それはこうです、とハッキリ言っても良いですが、ハッキリとそれを自覚していない人もいるでしょうから、その人にマイナスの刺激を与えてもいけないので、自重することにします。

 少なくとも私の目的は現在のところ道半ばであり、この後も死去の直前まで続くことになりますから、老後だとか、余生だとか、という考えはありません。むしろ、老後とか、余生とか、であるからこそ、勤務していた頃よりも、その目的のために多くの時間がとれて、そのために邁進することになります。

(2)「「病は自分が作っている」と心得る。ラクした分、いつかしっぺ返しを喰らうことも」
 そのことは確かなことだと思います。つまり日々の生活の仕方の良し悪しが、その後の自分の病の源となっていきます。特に気をつけなければならないのは、食生活と生活習慣です。食生活では、友人推奨の蛋白質中心の食事、テレビ番組での長寿者の食事などを見習っております。

 生活習慣では、その日の夜にグッスリ眠れるように、朝起きたときから、眠りにプラスに働くように、種々の行いを実践しております。特に大切なのは、規則正しい生活を毎日毎日続けることです。著者が言う「ラクした分、いつかしっぺ返しを喰らう」とは、こうした食生活や生活習慣を無視した生活を続けることが病気を引き起こす、と解釈しております。

(3)「ストレスに心を支配されると、必ず体に問題が現れる。自律神経のバランスが崩れて免疫力低下を招く」
 それであれば、心に安心感、心地よい感じをもたらすように気を配るべきだ、となります。各々の場面でそうなるように決断をしていくべきだ、となります。例えば、企業内にあって、左遷されたり、人事考課で悪くつけられたり、組織の多数派から総スカンを喰らっても、そういう事態が生じた一瞬はシュンとしても、その後は何事もなかったかのように、振る舞うのが常道です。

 それには忘れる技術も必要です。そういう状態に陥っても、そういう状態にあることを忘れては、怒ることも悄げることもないでしょう。それがストレスを生まないことになります。

 それへの関連として、左遷されたりして、失意のどん底に落ち込んだとしても、それを逆手に取る強かさも必要です。左遷されて失意はあったとしても、上記のように忘れて、新天地での活路を見出すようにすべきでしょう。ここで思い出すのが、『今昔物語』での地方官僚の姿です。任期が終わり、都に帰る途中、谷川に差し掛かり、足を踏み外して、谷底へ叩き落とされますが、ただでは起きないのが、その官僚です。谷底から獲物を携えて、道に戻ったとのこと。左遷された状況を逆手に取って、そこから自己の向上のための何かを掴むしたたかさ。それがストレスを生まないことになります。

 同様なことは家庭生活にもあります。世には、亭主の行動に常にガミガミ言う女房という人種がいます。これほど亭主にとってストレスになるものはありません。一番良いのは結婚する前にそれを見抜くことですが、互いに手の内を見せまいとする婚前にはそれは無理です。不幸にもそういう人と一緒になった人の対策としては、無視することも一手ですが、そこは生活の知恵で、そういう風には言わせないように持っていくしかないようです。その辺の具体例は言わずとも、メンバー諸賢の方がご存じのはずです。

 それにもう一つ。例えば、リニア新幹線の着工を遅らせた川勝知事に対しては、日本文明論の参考文献から、川勝氏の文献を削除し、所蔵する同氏の本4冊を売却しました。売国奴知事の本なんか、読む気にもなりません。その心を尊重することがストレスの安定に繋がるのです。

 中には、政治的に嫌悪すべき相手も、学問では真剣に検討すべきだ(政治と学問との分離)、との意見もありますが、それがストレスにならない場合は、そうしたら良いでしょうが、ストレスになる場合はスパッと切り捨てるべきです。それが川嶋朗氏の著書からの結論となります。

(4)著者のその他の言葉には次があります。
〇「「あのとき、ああしておけば……」と過去に未練を残さないために、人生に締め切りを設ける」
〇「毎日の忙しさを言い訳にしない。やりたいことを先送りにすると、人生を無駄にする」
〇「大切な人とは、生きているうちに語り尽くそう。永遠の別れは突然やってくるもの」

 ともかくも本書の広告からの、私の最大の得た教訓は、何かにつけてストレスを溜めないということです。それが健康に繋がり、引いては自己の追求する人生における最大事業の成功にも繋がる、ということです。

カテゴリー: 人生・人間論

『日本人という呪縛』について

 (1)本日は読みかけの本ですが、紹介したいと思います。ただ、この頃は書く時間もないくらいに、俗事に忙殺されていますので、著書の文言を記す(「 」で示す)ことが中心となります。

 その本とはデニス・ウェストフィールド『日本人という呪縛』(徳間書店、2023年)であります。本書は、外国人の日本人論の中では、特異なものであり、秀逸であります。特異ということでは、多くの外国人の日本人論は、(a)西洋人的な価値観から見て全面的に日本を見下すもの、(b)日本的なものを全面的に賛美するもの、のどちらかになりがちですが、この本はそのどちらでもなく、(c)日本的なものを賛美するものの、そこには問題があるとする、という立場のものです。

 著者はオーストラリア人で、日本に何年も住んでいて、日本の特異な価値を認めつつも、その中に日本が乗り越えなければならない困難を見出し、ともに考えていこう、と言って著者が考えている解決策を提示して、これでどうかと誘う書です。こういうところが、私が日頃考えているところと一致するところであり、その意味では先を越されたな、という感は受けます。とは言っても、すべてが同意することばかりではないため、私がこれからしようとする道は残されていることになります。

 (2)著者が感じる現在の日本人の問題点としては、次があります。
〇「いきいきとした躍動感や自信が感じられない」。
〇「役人は制度に縛られて、自由に動けず、政治家も現状の体制を改革しようとはしない」。
〇「本来、自由を謳歌するはずの人生なのに、日本人は本来の自由を知らず、制度をひたすら守り、過剰に働き、苦痛を忍び、権威や因習に服従することをよしとしている」。
〇「海外に住んでいる一般の日本人の多くは、日本に一時帰国する際、公共の場所などでは暗黙のマナーが強要され、何か間違った振る舞いをしていないか、常に緊張感を強いられる、という」。

 (3)以上は一般的な指摘ですが、その具体的問題点としては、次があります。
〇「日本で精神疾患を有する総患者数は約419万人(2022年)もいる。実に29人に1人が精神疾患を持っている」。
〇「10万人当たりの自殺者を示す自殺率は17.5(男性24.3、女性は11.1)となっており、先進国中では例年トップクラスだ」。
〇「国際機関SDSNによる「世界幸福度報告書(World Happiness Report)」2023年版によると、幸福度ランキングで日本は137カ国・地域中47位だった。主要7カ国(G7)では最下位だ」。

〇「引きこもり状態にある日本人は現在約150万人もおり、一人暮らし所帯は既に全所帯の3分の1以上に上る。2040年までに人口の半分が単身になり、毎年4万人が一人で死んでいく」。
〇「これらの悲しい状況は、外国人でも、日本で生活していると、想像できることである。日本人の特徴は、人々が社会的自由を縛られ、自己肯定感が低いことである。それがこうしたデータの背後に隠れている」。

 (4)上記で著者が指摘するものは、日本の暗部とも言えるものであり、それに対する何等かの対策が必要であるが、日本の社会または政治はそれに対して表立っては動こうとはしていません。なぜそうなるのか、そこには日本人が知らずに課せられている「呪縛」があるからだ、と著者は断定します。「日本人を縛り続けているもの……気づいたのは「日本人は呪縛を抱いて生きている」ということだ。筆者はそれを「The curse of Japaneseness(日本人という呪縛)」と呼ぶ」。

 (5)第1章から第9章までは、その各論ということになります。「日本人という呪縛」がいかに各分野で巣くっているか、各分野各章で個別に見ていくことになります。それは次のとおりです。

〇第1章 「英語という呪縛」
〇第2章 「画一的日本人をつくる文科省教育」
〇第3章 「丁寧、親切、そして傲慢症候群」
〇第4章 「世界標準からかけ離れた日本の新聞・テレビ」
〇第5章 「自国を貶める、事なかれ外交」
〇第6章 「景気低迷は政府の経済失策となぜ見ない」
〇第7章 「農産品輸出を阻むシステム」
〇第8章 「少子高齢化になぜ本気で取り組まないのか」
〇第9章 「変わらぬ政治、変える気がない国民」

 (6)1990年代のバブル崩壊以降、「失われた20年」「失われた30年」となって久しいですが、一向に日本経済向上の兆しも見えていません。そうした中、本書はその一つの回答になっているかもしれないのです。いや本書を通じて、そこに回答を見出すべく、我々は「失われた〇年」からの脱却を図らねばなりません。

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サイバー防衛の脆弱さ

 いつもメール交換している友人から、あるユーチューブ動画を教えられました。それは「政府が隠す 政府の汚点で日本の情報はすべて中国に渡っていた!」でした。それでさっそくその動画を見ました。1・2年前、中国のサイバー攻撃で、日本の軍事情報がすっぱ抜かれ、中国に漏れているのではないか、ということがあり、浜田防衛大臣がそういうことはない、と記者会見した事件は知っていました。当時はそこまで大きなことではなく、このブログでも採り上げることもないだろうとして、何もしませんでした。

 (1)今回の動画によって、ゾッとしました。この動画の主も初めて見る人でした。若いのにこういう優れたインテリジェンスの専門家がいるんですね。なんでもこの人の専門はパソコンのセキュリティーだそうですが、同じセキュリティーということで、国家防衛のセキュリティーにまで、専門を拡大した、ということでしょうか。

 国家防衛のセキュリティーということでは、学術的には中西輝政氏、実際政治の評論では手嶋龍氏一や江崎道朗氏、スパイ関連では山田敏弘氏などは知っていましたが、このTAIKIという人は知りませんでした。パソコンのセキュリティーにも関心あるので、この人を知って、ありがたいです。

 (2)セキュリティ専門家のことはともかくとして、日本の防衛機密と外交機密が危ないです。中国のサイバー攻撃で、そうした防衛機密と外交機密がすっぱ抜かれたのです。それも日本では気づかずに、アメリカから教えられて、ゾッとするという、日本防衛の体たらくです。しかもアメリカの度重なる警告にかかわらず、日本のサイバー防衛体制は一向に改善せず、アメリカからも呆れられている段階です。

 この度岸田首相はアメリカに招待されて、岸田首相は浮かれているようですが、私が察するに、今回の訪米は、度重なるアメリカの警告にかかわらず、一向に日本のサイバー防衛体制が向上しないことに対する、正式な警告と叱声という意味合いが強いはずです。と言っても、アメリカも国力が落ちて、アメリカ単独で中国に敵対できないため、脆弱なサイバー防衛の日本でさえも、仲間として取り込んで、共同防衛とせざるをえないため、手取り足取り技術を伝え、共同防衛のために、諸策を一緒に検討しよう、ということでしょう。

 (3)今中国の経済崩壊は奈落の底に落ちるような状態にあるにもかかわらず、こういう日米防衛会談をしなければならない、ということは、それだけ中国のサイバー攻撃が有効であって、いつ中国の軍事攻撃があるかもしれない、というアメリカの危機感の現れかもしれません。私なども、中国の経済崩壊によって、そのうち政権も倒れて、軍事攻撃もなくなるだろう、と予想していたのですが、そうではなく、その前に軍事攻撃の現実性に目覚めざるをえません。

 岸田氏の真価が問われるのは、アメリカ訪問から帰って、アメリカとの協議の結果を、日本においてその諸施策を、いかに充実させるかにあります。サイバー防衛部隊を倍増以上のことをするのはもちろんのこと、LINEの取り締まり強化、政府要人の身体検査を強化し、媚中派の河野氏の首を斬るなどをしなくてはなりません。それをしないなら、岸田氏にはもう頼みません(用済みです)。即刻退場してもらいましょう。

 (4)こうした日本のサイバー防衛の脆弱さが暴露されて、今にも中国の日本攻撃がありうる、という現実に対して、親中派の諸君はどう思っているのでしょうか。中国がどんどん日本侵略して嬉しいのでしょうか。痛快だと思うのでしょうか。そうでないのならば、それらの政党なり団体なりが中国に影響力あるならば、日本攻撃を思い止まらせるよう、働きかけるべきではないでしょうか。

 中国はそういう声を聞く耳をもたないでしょう。中国とか中共とかはそういう国、そういう政党なのです。それを知らず、親中派の政党や個人などは、中国や中共の日本侵略の片棒を担いできたのです。日本が滅亡してから反省しても遅いです。今回の岸田氏のアメリカ訪問をきっかけに、親中派の人は反省すべきではないでしょうか。それとも保守派に対して、ことの真相はこうだ、と言うべきことがありますか。

 いや反省すべきは親中派や媚中派だけではありません。左翼、リベラルを含む日本国民、特に戦後の平和憲法、平和国家に酔いしれた、平和ボケした日本国民全体です。平和憲法、平和国家の名のもとに、軍事、安全保障関係は悪いことと、宣伝してきた左翼、リベラルと、それに乗せられた大衆全体が、こうした脆弱な防衛体制を作り上げたのです。温和型文明の悪い面がもろに出た結果です。

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自民党裏金問題の処分の杜撰さ

 (1)表記の件について、自民党は4月4日に処分を発表しました。その内容は、主要人物のみで言うと、②「離党勧告」が塩谷立氏、世耕弘成氏の2人、③「党員の資格停止」が下村博文氏、西村康稔氏、高木毅氏の3人、⑥「党の役職停止」が萩生田光一氏、松野博一氏、武田良太氏の3人、処分なしなのが二階俊博氏、岸田文雄氏の二人でした。ここに②、③、⑥は自民党の処分ルールでの順位です(重い順番に①~⑧)。

 国会が決めた処分であれば問題ですが、一政党の決めたことですから、それに何も言わない(問題としない)ということもありえますが、政界第一党ですし、政権与党であり、何よりも当の法律違反をした政治団体なので、国民として大いに論究すべきでしょう。それが杜撰ならば、次の総選挙で自民党候補者を選ばないという選択肢を取ることも考えるべきです。

 (2)今回の処分での問題の第一は不記載の金額第1位の二階氏が処罰されず、第3位の萩生田氏の処分が非常に甘いことです。ことの本質は不記載が法律違反なので、その額が大きい者ほど重い処分に科されるべきでしょう。

 二階氏の場合、引退表明したので処分しないということですが、それは岸田氏と二階氏の政治取引の結果であり、岸田氏が二階派を味方にしようとの魂胆からでしょうが、いただけません。引退表明しても罪がなくなるはずはないですし、保身を図る岸田氏の腹黒さが目立つだけのことでしょう。

 (3)問題の第二は、キックバックを復活させたとされる安倍派の5人衆と座長クラスの2人、計7人の間で、処分が3段階に分かれたことです。一番重いのは、塩谷氏、世耕氏の2人、中間処分は下村氏、西村氏、高木氏の3人、一番軽いのは萩生田氏、松野氏の2人でした。

 安倍派の中で誰がキックバックを復活させたのか、誰も分からない状態では、これらの指導者7人全員を同等処分するのが妥当でしょう。

 問題の第三は会計責任者が処分された岸田派では、誰も処分されなかったことです。岸田派は派閥としては立件されたのですから、岸田派の責任者たる岸田氏が処分を受けて当然です。

 (4)今回の処分を決めたのは自民党総裁の岸田氏、副総裁の麻生氏、幹事長の茂木氏、総務会長の森山氏の4人だったようです。この4人の間も常に一緒の考えだったのではなく、各氏の思惑はそれぞれ違っていて、何回かの駆け引きの後、ようやくまとまったようです。このような処分内容を見ていますと、これら4人の「党利党略」ならぬ「個利個略」が浮かび上がってきます。

 それらの状況を書くことは、裏金問題をいかになくすか、という政治問題というよりは、この後いかに自分を総裁にさせるか、いかに自分が党内で最大の影響力を発揮できるか、狐と狸の馬鹿し合い、いわゆる政局の話となります。こういう立場で上記処分を見てみると、分かりやすくなります。

 塩谷氏、世耕氏はいわば生贄にされたのであって、それは二階氏と岸田氏による策謀の結果でしょう。萩生田氏と松野氏は麻生氏、茂木氏にとって見方に引き入れようとする対象となった、ということです。恩を売っておいて、いざというときには、自分に味方してくれるだろう、という見込み処分です。

 上記処分を決めるまでの過程も問題です。というより組織の決定という体をなしていません。その決定までの前日、国会内で二派閥による処分検討会が行われて、岸田氏はその会合を行き来する体たらくで、まるでこの二派閥の使い走りをさせられていたのです。党の総裁がこれでは、およそ党内のリーダーシップを行う総裁たる仕事をしていません。

 (5)こういうちゃらんぽらんの処分、杜撰な処分は、自民党にとってもよくないでしょう。安倍派からは不満続出のようです。そして国民からも良くは思われないでしょう。このような状況では、岸田氏による解散は9月までは無理となります。支持率10パーセント代の岸田氏では選挙は戦えません。後は9月の総裁選でいかにして多数派工作で総裁に選ばれるのか、に焦点が移りそうです。

 こういう処分をして、後何もしなければ、岸田氏は総裁、総理としては失格でしょう。裏金、不記載問題を生じさせないために、政治資金規正法などの法律をどう改正すべきなのか、そこを詰めなければなりません。特に、パーティー券を外国人に販売してはいけない、ことを法制化しなければなりません。今までの動きからすると、そういうことは察知できません。岸田氏は外国人にパーティー券を売りまくる常習犯だからです。

 さらに言えば、この時期、同時にせねばならないことがあるはずです。河野氏がらみの再エネ問題です。それだけではなく、政府内の機密情報保護のために何をせねばならないのか、その対策を強化すべきです。まずは河野氏がらみの問題を調査し、河野氏がらみの情報漏洩が事実と分かれば、河野氏を処分しなければなりません。岸田氏にはこういう動きは一切見られません。総理として国政を任せるわけにはいきません。それであれば、危機意識なしの岸田氏には去ってもらうしかありません。

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親中派議員増加の謎

                                

 (1)再エネ問題で河野太郎氏の責任問題がクローズアップされておりますので、その続きとして今回は「親中派議員増加の謎」を採り上げます。そもそも戦後日中国交回復なったのは、田中角栄内閣のときであり、外務大臣は大平正芳でした。彼等は国交回復させたのですから、親中派ではありますが、今我々が騒いでいる意味での親中派ではありません。田中角栄は日中国交回復の立役者としての名誉が欲しかったのです。大平正芳はキリスト教徒であり、戦前の日本軍による中国への進出に対して、贖罪感を抱いていたようです。

 彼等は名誉欲や贖罪感から親中派になったのですが、中国人がどういう民族かの研究もしなければ、警戒もしていなかったのです。中国人も日本人と同様だろう程度の認識しかなかったのでしょう。私の言葉で言えば、敵対型文明人と温和型文明人とは雲泥の差があり、まさに水と油の関係です。こういう認識がなかったことが、日中関係についての、日本人による、失敗の最初となったのです。

 (2)国交回復とともに、中国は日本侵略の手を伸ばし始めます。日本の政治家を親中派にするためには、何をすべきか、研究し始めますし、実際に多くの政治家や経済団体幹部らに接触し始めています。中国人がいかにして日本人政治家を手玉に取り、日本の土地を買収し、親中派の人物を増やしていったのかについては、書籍としては、門田隆将『日中友好侵略史』(産経新聞出版、2022年)に詳しいですし、ユーチューブでは、土井昭氏の「世界史解体新書」が分かり安いです。

 門田隆将『日中友好侵略史』については以前に紹介していますので、それについてはそれを読み直していただくとして、ここでは「世界史解体新書」の中身を簡略説明します。土井昭氏はユーチューブの「中国にはめられた親中議員たち!!」において、その原因を5タイプに分類しています。①ハニートラップ、②臓器売買、③わいろ、④中国に親族、⑤情報漏洩がそれです。いずれもそれらの行為によって、議員たちが中国から弱みを握られ、仕方なしに親中派になった、としています。

 (3)これらのうち、①ハニートラップ、②臓器売買、③賄賂、④中国に親族については、それぞれ①性的に良い思いをしたいという欲望、②臓器を変えたいという身体的欲望、③金銭を得たいという財政的欲望、④親族を安全にしたいというファミリー的欲望に惑わされて、親中派になったとことであり、言ってみれば自分個人の欲望に従って、日本全体という立場を捨てたのであり、政治家としてまさにバッテンであることが明瞭です。これで分かるとおり、親中派の政治家は日本全体のことよりも、自分自身の利益を優先しているのですから、利己主義者であります。こういう利己主義者を政治家にさせてはいけないのです。

 こうした利己主義者の中に河野太郎氏がいます。土井昭氏のこのユーチューブには、河野太郎氏のような人物のタイプ分けがしてありませんが、それは中国からの工作によって親中派になったからではない、ためでしょう。自ら(そ親族も含めて)の意志で、企業を立ち上げ、中国と取引することによって、自己の企業を発展させようとし、それには中国と仲良くしよう、そのためには日本を売っても良い、との考えですから、一番質が悪いのです。それこそ典型的な売国奴、国賊です。こうした人物が首相になることがあれば、それは日本の終わりです。

 土井昭氏のユーチューブに戻れば、⑤情報漏洩については、スパイとか、国家情報法とか、中国製品とかを挙げていましたが、これらについては、日本にいる中国人については言えることですが、日本人政治家が親中派になる理由ではないです。河野太郎氏のことを例にしないこととか、⑤を挙げるところが、このユーチューブの分析が甘いところです。

 (4)土井昭「中国にはめられた親中議員たち!!」で触れられていないのは、創価学会・公明党の親中ということです。これは池田会長の論文や鶴の一声で、学会員・党員全員がそれに盲従ということでしょう。この会員や党員でこれはおかしい、日本ファーストで行くべきだ、と思った人も、それに従わざるをえず、そこには会員や党員の自由はないのです。おかしいと思った人は脱退するべきです。それが簡単に脱退できないようになっているようです。同じことは日本共産党についても言えます。

 日本人政治家が親中派になる理由としては、③賄賂が一番多いのではないか、と推測します。岸田派は政治パーティーを開いて、中国人にパーティー券を販売します。それは中国人から資金を受け取る行為です。だから、岸田首相は首相就任後、公約にない外国人(中国人)優遇の諸施策を矢継ぎ早に打ち出しました。岸田派や岸田氏は中国資本によって買収され、日本の政策を危うくしているのです。そういうことで今度の裏金問題を受けて、政治資金規正法でそのことを禁止にするのか、大いに問題とすべきところなのです。

 岸田首相は今回の裏金騒動で、安倍派の4人を厳罰に処し、自身や二階氏を処罰しない方針のようです。安倍派の人たちはアンチ親中派の人が多いですし、岸田氏と二階氏ともに親中派ですから、アンチ親中派を罰し、親中派温存の態度がありありです。納得できないですね。こんな岸田内閣は、早く倒閣に追い込むべきです。

 (5)ところで、土井昭という人は予備校講師であり、若い人です。この頃、こういう世界史、日本史を専攻する予備校講師、高校教師から、ジャーナリストや著作家が多く出ています。予備校講師では、茂木(もぎ)誠という人がいて、世界史関連の本を多く出しています。高校教師出身では、増田ユリヤという人が池上彰氏とタッグを組んでテレビなどで時事評論しています。小名木(おなぎ)善行という人はそうした人たちとは違って、そうした講師、教師上がりではないですが、日本史専門で著作とユーチューブを行っています。皆さんもそれらの人々の動向に目を配るべきでしょう。

 (1)再エネ問題で河野太郎氏の責任問題がクローズアップされておりますので、その続きとして今回は「親中派議員増加の謎」を採り上げます。そもそも戦後日中国交回復なったのは、田中角栄内閣のときであり、外務大臣は大平正芳でした。彼等は国交回復させたのですから、親中派ではありますが、今我々が騒いでいる意味での親中派ではありません。田中角栄は日中国交回復の立役者としての名誉が欲しかったのです。大平正芳はキリスト教徒であり、戦前の日本軍による中国への進出に対して、贖罪感を抱いていたようです。

 彼等は名誉欲や贖罪感から親中派になったのですが、中国人がどういう民族かの研究もしなければ、警戒もしていなかったのです。中国人も日本人と同様だろう程度の認識しかなかったのでしょう。私の言葉で言えば、敵対型文明人と温和型文明人とは雲泥の差があり、まさに水と油の関係です。こういう認識がなかったことが、日中関係についての、日本人による、失敗の最初となったのです。

 (2)国交回復とともに、中国は日本侵略の手を伸ばし始めます。日本の政治家を親中派にするためには、何をすべきか、研究し始めますし、実際に多くの政治家や経済団体幹部らに接触し始めています。中国人がいかにして日本人政治家を手玉に取り、日本の土地を買収し、親中派の人物を増やしていったのかについては、書籍としては、門田隆将『日中友好侵略史』(産経新聞出版、2022年)に詳しいですし、ユーチューブでは、土井昭氏の「世界史解体新書」が分かり安いです。

 門田隆将『日中友好侵略史』については以前に紹介していますので、それについてはそれを読み直していただくとして、ここでは「世界史解体新書」の中身を簡略説明します。土井昭氏はユーチューブの「中国にはめられた親中議員たち!!」において、その原因を5タイプに分類しています。①ハニートラップ、②臓器売買、③わいろ、④中国に親族、⑤情報漏洩がそれです。いずれもそれらの行為によって、議員たちが中国から弱みを握られ、仕方なしに親中派になった、としています。

 (3)これらのうち、①ハニートラップ、②臓器売買、③賄賂、④中国に親族については、それぞれ①性的に良い思いをしたいという欲望、②臓器を変えたいという身体的欲望、③金銭を得たいという財政的欲望、④親族を安全にしたいというファミリー的欲望に惑わされて、親中派になったとことであり、言ってみれば自分個人の欲望に従って、日本全体という立場を捨てたのであり、政治家としてまさにバッテンであることが明瞭です。これで分かるとおり、親中派の政治家は日本全体のことよりも、自分自身の利益を優先しているのですから、利己主義者であります。こういう利己主義者を政治家にさせてはいけないのです。

 こうした利己主義者の中に河野太郎氏がいます。土井昭氏のこのユーチューブには、河野太郎氏のような人物のタイプ分けがしてありませんが、それは中国からの工作によって親中派になったからではない、ためでしょう。自ら(そ親族も含めて)の意志で、企業を立ち上げ、中国と取引することによって、自己の企業を発展させようとし、それには中国と仲良くしよう、そのためには日本を売っても良い、との考えですから、一番質が悪いのです。それこそ典型的な売国奴、国賊です。こうした人物が首相になることがあれば、それは日本の終わりです。

 土井昭氏のユーチューブに戻れば、⑤情報漏洩については、スパイとか、国家情報法とか、中国製品とかを挙げていましたが、これらについては、日本にいる中国人については言えることですが、日本人政治家が親中派になる理由ではないです。河野太郎氏のことを例にしないこととか、⑤を挙げるところが、このユーチューブの分析が甘いところです。

 (4)土井昭「中国にはめられた親中議員たち!!」で触れられていないのは、創価学会・公明党の親中ということです。これは池田会長の論文や鶴の一声で、学会員・党員全員がそれに盲従ということでしょう。この会員や党員でこれはおかしい、日本ファーストで行くべきだ、と思った人も、それに従わざるをえず、そこには会員や党員の自由はないのです。おかしいと思った人は脱退するべきです。それが簡単に脱退できないようになっているようです。同じことは日本共産党についても言えます。

 日本人政治家が親中派になる理由としては、③賄賂が一番多いのではないか、と推測します。岸田派は政治パーティーを開いて、中国人にパーティー券を販売します。それは中国人から資金を受け取る行為です。だから、岸田首相は首相就任後、公約にない外国人(中国人)優遇の諸施策を矢継ぎ早に打ち出しました。岸田派や岸田氏は中国資本によって買収され、日本の政策を危うくしているのです。そういうことで今度の裏金問題を受けて、政治資金規正法でそのことを禁止にするのか、大いに問題とすべきところなのです。

 岸田首相は今回の裏金騒動で、安倍派の4人を厳罰に処し、自身や二階氏を処罰しない方針のようです。安倍派の人たちはアンチ親中派の人が多いですし、岸田氏と二階氏ともに親中派ですから、アンチ親中派を罰し、親中派温存の態度がありありです。納得できないですね。こんな岸田内閣は、早く倒閣に追い込むべきです。

 (5)ところで、土井昭という人は予備校講師であり、若い人です。この頃、こういう世界史、日本史を専攻する予備校講師、高校教師から、ジャーナリストや著作家が多く出ています。予備校講師では、茂木(もぎ)誠という人がいて、世界史関連の本を多く出しています。高校教師出身では、増田ユリヤという人が池上彰氏とタッグを組んでテレビなどで時事評論しています。小名木(おなぎ)善行という人はそうした人たちとは違って、そうした講師、教師上がりではないですが、日本史専門で著作とユーチューブを行っています。皆さんもそれらの人々の動向に目を配るべきでしょう。

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国家機密保持問題の深刻さ

 (1)この問題については、前回ブログ「「人新世」について思うこと」の(5)(6)(7)で少しばかり触れたのですが、国家についての重大問題でありますので、改めて採り上げたいと思います。この問題の概要については、前回ブログを見ていただきたいのですが、簡単に言いますと、政府のもと、具体的には内閣府所管の、民間人も入って、未来のエネルギー問題を検討する検討会において、中国企業のロゴの入った資料が配られていたことであります。それを聞いて、何が問題か、と疑問に思う人は危機意識、国防問題に疎い人です。

 この問題は地上波テレビや大手新聞はまったく採り上げていません。これらのメディアも危機意識、国防問題に疎い、と言わざるをえません。あるいは、国家にとっての大問題であるとの認識がないのであります。それとも彼等が応援する中国にとってはマイナスの情報なので、それを国民に知られたくないので、敢えて隠そうとしているのでしょう。

 こういうことが起こるということは、現在の政府の検討会、その下位のレベルの検討会において、政府の人間や官僚において、危機意識をもって、人選をしていない、国家機密を外国に漏らさないような諸方策が杜撰だ、ということを現しています。今政府が国会に提出している経済分野のセキリティ・クリアランスがまさに必要である、ことを示しています。

 これは機密情報がいとも簡単に中国に漏れている(中国側の情報があるということは、それを持ち込んだ人間が、同時に日本側資料を中国側に流している)ことを示す現象であり、これがために日本は機密情報の保持が杜撰で、日本は信用できないとして、欧米諸国、特に日本と同盟関係を結ぼうと希望する、アングロサクソンのアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドからなる国々から、軍事同盟の情報ネットワーク(ファイブ・アイズ)に入れてもらえない(シックス・アイズにさせてもらえない)状況になっているのです。

 (2)事件の経緯を見てみますと、「再生可能エネルギーなどに関する規制などの総点検」と称する会議で、中国企業のロゴの入った資料が配られたということについて、考えられるケースについては、前回ブログの(5)で三つを提示したのですが、そのいずれでもなく(最初からそういうことは分かっていましたが、論理的に考えられることとして挙げただけ)、④犯人は中国の意向を受けて動く工作員で、意図的に中国の望む日本の対策を記した資料を提出していた、ことが確実に明らかになりました。

 なぜならば、この事件が明らかになった直後、犯人である大林ミカ氏は政府検討会に出入りできる資格・職を辞任し、雲隠れしたからです。犯人は私が提示した原因①、②であるならば、単なるミスであるので、辞任などする必要もなく、ミスでしたと言えば済むことでした。辞任、とんずらすることが、自分は中国の工作員であって、意図的にやった、ことを証明しています。

 この大林ミカなる人物は九州出身者らしいですが、たいした学歴もなく、国籍も不明であり、左翼の、自然エネルギー推進の活動家らしいです。この人物は社民党の福島瑞穂代表と親しいようで、二人で映った写真が出回っています。そしてこの人物は自民党の河野太郎氏とも親しく、6年ほど前から、河野氏の推薦で、政府の審議会などの委員になっていたようです(大林氏がとんづらしたのも河野氏の指示かもしれません)。

 (3)上記(1)の事件について、所管であろうと思われる河野デジタル担当相は、これは単なるミスである、その書類のロゴからはウイルスは見つかっていない、私は所管大臣ではない、などと言い訳にならない言い逃れや、犯人を擁護する発言を繰り返しています(所管でなければ発言する必要もありますまい)。このことによって、河野氏は中国側の人間であることが一層明白になりました。河野氏は日本のエネルギー政策を中国の望む方向に持っていこうとした、ことが明らかになりました。

 河野氏は当初からファミリーに中国と密接な企業、しかも再生エネルギー事業の会社を抱えていて、中国と連動することによって、みずからの企業の利益を大きくしようと目論んでいたのです。こうした人物が自民党総裁選立候補とは、売国奴を日本の首相にさせるような恐ろしいことなのです。河野氏のような国賊、売国奴は政界から永久追放すべきです。

 現在はスパイ防止法がないので、それゆえに罰することはできませんが、実質非常に重い罪です。今テレビなどで問題になっている安倍派の裏金問題は、書類に記載するかしないかの形式犯ですが、今度の河野氏の場合は、日本の政策を中国の望むように変更する動きなので、実質犯(法律がなくとも)です。危機意識、国防問題意識のある首相ならば、河野氏を罷免するでしょう。それをしないのならば、岸田首相も同罪ということになります。

 (4)上記の事件からどういう問題が明らかになったのでしょうか。一つは首相が任命した大臣が任命なり推薦することで、身体検査することなく、その大臣が任命なり推薦することにより、難なく一民間人が政府委員になってしまう、ことの恐ろしさです。ここから言えるのは、第一に大臣の任命の時点で、セキリティ・クリアランスによる身体検査を行うべき必要性です。それは副大臣、政務官についても同様です。第二に、所管大臣が任命なり推薦なりする場合の身体検査の必要です。セキリティ・クリアランスは人権侵害であると考えている、左翼、リベラル諸君、今回のケースで学んでください。

 現在国会に提出されているセキリティ・クリアランス法による身体検査には、上記のような場合の身体検査は含まれていないようなのです。これを教訓に、急いで前段で指摘する場合においても、身体検査をしなければならない、ことを義務づけるべきなのです。

 (5)上記の事件から分かる他の側面としては、次があります。大林ミカ氏は6年間くらい、各種委員会、検討会に出席していて、中国原案の提案を出していたのと裏腹に、それら各種委員会、検討会に他から出された日本側資料を持ち帰っているということであり、おそらくそれらはほとんど中国に報告されていただろう、ということです。つまり日本側が何を考え、何を問題にしているのか、がほぼ中国側に筒抜けになっていた、という恐ろしい側面がある、ということです。

 同様な懸念は公党の左翼、リベラル政党についても言えます。この問題で問題視して河野氏と大林氏を追及しているのは、自民党以外には、国民民主党と維新の会くらいで、それ以外の政党は、河野氏と大林氏がしているごとく、日本側資料や情報を中国側に洩らしている可能性が強いのです。そういう意味で、自民党は公明党と連立を組むのは危険なのです。公明党は中国共産党日本支部ですから、なぜ自民党はそんな公明党と組むのでしょう。公明党との協定は破棄すべきです。ここまで来れば、自民党も信用できません。なぜならその半分は親中派と言われているからなのです。

 (6)恐ろしいのはそれだけではありません。中国が進める配電網計画があるのですが、それに日本が乗せられると、いざというときには電力が止められ、防衛戦争もできない事態になる恐れがあるのです。ですから中国が希望しても、日本は断固されへの参加を拒否しなくてはなりません。河野氏のような人物や親中派の小泉氏などがエネルギー政策に関わってきたことから、それに組み込まれている可能性もありますが、国民として彼等を十分チェックする必要があります(この問題のより詳細な情報は前ブログ(7)で記しています)。 これらの問題大変重要なので、皆さんよく考えてください。

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「人新世」について思うこと

 (1)今たまたま『教養の人類史』(文春新書、2023年)を図書館から借りて、パラパラと捲っているところです。なぜこの本を借り出したのかと言えば、私としては「教養とは何か」というテーマに興味があって、その参考文献の一環として、ちょっと見てみるか、となったからでした。しかし、これはと思うところを読み進めても、何か違うのです。当方の求めるものと、著者が興味あって、訴えたいところとは、どうも噛み合っていません。

 それはどうも、私は「教養の人類史」の中の「教養に」焦点を当てて、それが人類史ではどう扱われてきたのか、その歴史を扱っている、と解していました。しかし、これはもはやそうではなく、主力は「人類史」であって、それの基礎的初級的という意味で「教養」をつけたのではないか、と思い始めました。

 それに思い至ったのは、その書の後半の第8章「人類史と二十一世紀の危機」のある箇所で、「人新世」(じんしんせい、ひとしんせい、Anthropocene)の言葉が出てきたときでした。そこで、この語は1995年にノーベル化学賞を受賞したオランダの気象学者パウル・クルッツェン氏が、現代を「人新世」と呼ぶように提唱した、との説明がありました。

 (2)そこで思い出したのが、この用語を使って資本論関係の本を出した、斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』(集英社新書、2020年)のことでした。その当時我々のメール討論会メンバーの間でも、当時著者が我々母校の准教授ということもあって、これは良い本だとか、注目すべき本だとか、意見表明がありました。

 私は天邪鬼の体質があって、皆が良い本だと言ったときには、すぐには飛びつきませんし、それがベストセラーになっていると知るや、しばらくは買いません。斎藤本については、どうせ資本論を現代風にアレンジして説明しているだけだろう、と見向きもしませんでした。

 今こうやって「人新世」に注目して、改めて斉藤氏の『人新世の「資本論」』のことについて見てみますと、当初は(1)のような知識がなく、「人新世」は斉藤氏の独創かと思ったものでしたが、単にパウル・クルッツェン氏の用語をそのまま使っただけでした。そしてその書の構成を見ますと、現代を気象的な変な時代、地球危機的な時代と位置づけることで、マルクス的資本論の論理が地球危機的な現代においても当てはまる、と結論づけようとしているようでした。

 (3)もう一つ思い出したのは、同じく気象学で大きな貢献をした日本人の眞鍋淑郎氏が2021年にノーベル物理学賞を受賞したことです。そのとき日本のメディアは気象学では初めての受賞だ、と言っていたのですが、上述のごとく、パウル・クルッツェン氏は1995年に受賞していたのです。ウィキペディアによると、眞鍋氏は1970年代以降、多くの世界気象モデルをきたそうですが、パウル・クルッツェンが先に受賞し、眞鍋氏がその26年も後になるとは解せません。

 ここには西洋人の日本人蔑視があると見ています。戦前においても、北里柴三郎(破傷風菌の純粋培養)や野口英世(梅毒スピロヘーダの発見)が細菌学で世界的な発見などで大きく貢献しながら、ノーベル賞を逃した経緯があります。北里の場合、同時期に候補になったドイツ人は大した功績もしていないのに、受賞しました。野口の場合、発見した多くのものが後に間違いであったことが証明されたものの、上記は受賞ものです。その他志賀潔の赤痢菌の発見、高峰譲吉のアドレナリン抽出やタカジアスターゼなどはノーベル賞級と思っています。

 (4)そうしたところ、3月24日の新聞記事によりますと、「人新世」(1950年以降)の考え方が国連機関で正式に否定された、とのことです。国際地質科学連合(IUGS)の小委員会で投票が行われ、反対多数で「人新世」は否定されました。地球の歴史は地質学的には約46億年あるとされ、現代は「完新世」とされており、その中に「人新世」をいれることは否定されました。その理由としては、1950年以前にも地球環境や気候システムに影響が生じていること、数百万年という単位で存在する地質学的なスケールの中、あまりにも短いこと、が挙げられています。

 (5)最後の衝撃的なことは、つい最近の政府の環境問題の審議会か何かの検討会で、中国企業のの透かし(ロゴマーク)の入った資料が使われていたことが明らかになったことです。このことは大手新聞や地上波メディアは報じておりません。

 政府の検討会で外国マークが入った資料が配られてたことはゆゆしき事態です。その掲載された内容もその外国の思惑の入った資料であることが明白です。その透かしを消し去るのを忘れたのか、わざわざそれを行った犯人の大胆さには恐れ入りますが、そういう犯人が日常茶飯事のように繰り返していた動作のようです。外国のスパイが政府の検討会に深く入り込んでいる、ということです。その犯人は大林ミカという自然エネルギー財団事務局長という人物です。

 細かく検討すれば、次のようなことが考えられます。すなわち、①犯人はたまたま手に入れていた外国製の紙を持っていて、それに気づかずに自己の蓄積内容を盛り込んだ。②犯人が気安くしている外国から、その国のその分野の対策を記した内容の資料をもらい受け、それを深く検討することもなく、そのまま検討会資料に転用した(透かしに気づかず)。③犯人がある外国人から、その国の思惑の内容を記した資料を提出するよう圧力を受け、犯人がその資料に透かしがあることに気づかず、そのまま提出した。

 (6)こうしたことを防止するために、今国会に提出されているのが、経済安保のセキュリティ・クリアランスです。まだ法律になっていないので、これによって、この人物を逮捕なり、排斥などはできませんが、この法律の後には、そういうことが可能になって、外国人の政策介入を排斥することができます。格好の事例を目の当たりにしたのですから、一刻も早くこの法律の成立を目指し、この人物を政府の検討会から外すのはもちろんのこと、その提出した内容も外国の入れ知恵のものであるとして、断固排斥すべきであります。

 これについての監督責任も重大です。この検討会は河野太郎デジタル担当大臣の所管のようで、中国におもねる河野氏の指導のもとでの当然の出来事のようです。河野氏は防衛大臣のときも、中国に配慮してイージスアショアの実戦配備を外したり、有事のときの電力を再エネに絞ったりしていましたし、今回も中国に都合の良いように再エネ計画を進めているようです。2年前の自民党総裁選で、我々のメール討論会仲間でも、河野氏を押した人がいましたが、このことを見ても、河野氏を首相にしてはならないことは明白になりました。

 (7)この関連で、中国のエネルギー政策に触れることにします。面向き中国は人新世において自然エネルギー推進派のように見えますが、実は原子力発電や石炭火力電力の方に重きを置いています。原理力発電では、福島原発の5・6倍の放射性物質を海に垂れ流して、しゃーしゃーとしていますし、石炭火力発電を止めようとはしません。他方で、自然エネルギー推進だとして、他国にもそれを強要し、原子力発電や石炭火力発電を止めるように圧力をかけています。

 そして、他国が原子力発電や石炭火力発電を止めた頃を見計らって、他国へのエネルギー供給停止を行って、他国を混乱に陥れる計画を持っていることが明らかになりました。東アジア電力網構想がそれであり、それに日本が組み込まれていれば、いざ有事のときに、電力はストップし、日本は戦わずして敗戦となります。それに加担しているのが、河野氏であり、大林氏であるのです。そういう中国の思惑を見透かし、対策を練るのが日本の政治家に求められることなのです。皆さんもこのことよく検討してください。

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西洋人初渡来の謎

 今回はテレビ番組からの感想とか思うところとかを述べたいと思います。3月9日放送の「ブラタモリ」、テーマは鹿児島指宿から。「ブラタモリ」は地質学的観点から各地の自然の歴史を解明することが多いのですが、たまには社会的な歴史を解明することもあります。今回の鹿児島指宿も時間の多くは自然科学的な追求ですが、その中で社会歴史的な追求もありました。

 (1)それは何かと言えば、西洋人が日本に来て、日本滞在記を書いた最初が鹿児島指宿の山川港のことだったようなのです。歴史教科書的には、ポルトガル人が種子島に来て、鉄砲を伝えたのが最初とされているのですが、それを否定しないしないのですが、別の世界があると、主張していました。

 この番組の現地の案内人によると、ある西洋人が鹿児島指宿の山川港(やまがわこう)に半年滞在し、本国に帰って、日本滞在記を著し、それを読んだフランシスコ・シャビエル(ザビエルのこと、現在教科書ではこうなっています)が日本に興味を示し、鹿児島に来た、とのことです。

 この説明では、西洋の何国の人なのか、その人名も明らかにされておらず、何年なのかも示されず、謎ずくめでした。そこでその西洋人は誰で、どういう書物を著したのか、が問題となります。

 (2)私も日本に渡来した西洋人の歴史に関心があり、その集めた断片的知識から言えば、当初フェルナン・メンデス・ピントというポルトガル人を考えました。ピントは『東洋遍歴記』を書いており、小説的面白さがあり、虚実両面があったようです。その翻訳書としては、岡村多希子訳が東洋文庫として出ています。

 そうこうするうちに、指宿市のサイトを見ると、その西洋人とはジョルジェ・アルヴァレスというポルトガル人で、その著書は『日本報告』であることが分かりました。アルヴァレスについては、私も断片的知識を得ていて、来航は1546年、鹿児島、豊後に来航、その後ザビエルと知り合い、西洋人による日本に関する最初の報告を著し、原本は紛失したが写本が各国語に翻訳されている、となっていました。

 本来ならば、これらの書を読んで、アルバレスが日本に来たのは果たした鹿児島指宿の山川港なのか、そうでないのか、究明すべきなのですが、私は現在俗事で忙しく、とてもその余裕はないので、その可能性がある、と言うに留めておきます。

 (3)それに、シャビエルが日本に着いた最初の地が山川港なのか、それも調べねばなりません。安直にウィキペディアによれば、シャビエルが最初についたのは鹿児島の坊津(ぼうのつ)ということでした。

 そこで歴史地図などで調べると、坊津と山川港とは別地名で、別の場所であることが分かります。同じ薩摩半島の南端ながら、坊津は西側にあり、大きく言えば東シナ海に面していますが、山川港は東側にあり、鹿児島湾に面して、対岸に大隅半島が見えます。このように薩摩には自然の良港として、坊津と山川港とが並び立っていたことになります。

 となれば、シャビエルの日本初上陸地は、ウィキペディアのシャビエルによれば、坊津であり、「ブラタモリ」の現地案内人によれば、山川港と言わず、鹿児島と言っていたのは、そういうことかと思い直しました。

 (4)ここまで書けば、鉄砲伝来のことにも触れないわけにはいきません。その場所は種子島で決まりですが、年度については、日本側資料では1543年ですが、アントニオ・ガルバン『諸国新旧発見記』では1542年となっています。

 上陸したポルトガル人の人数も日本側資料の『鉄炮記』(江戸時代初期)では上の2人ですが、ガルバン書では3人となっています。ちなみに同書では、具体的人名として、フランシスコ・ゼイモト(年良叔舎)、アントニオ・ダモック(キリシタ・ダ・モット、喜利志多◎孟太)、アントニオ・ペイショットであり、3人目の人が日本側資料では抜け落ちています。

 このことの参考文献として、石原結實『日本を変えた種子島の鉄砲とザビエルの十字架――大航海時代の日本人の才智』(青萠堂、2000年)があるのですが、上記理由によって現在は研究できません。この書の著者は健康推進でお馴染みの医師ですが、ご先祖は種子島だそうです。そういう意味で興味深いです。

 これらから判断すれば、日本来航の西洋人の最初は誰かが明らかになります。鉄砲伝来は1542年か43年です。ペロ・ディエスというスペイン人は1544年に豊後に来航したとされます。上記のピントの日本来航は1540年代後半とされますし、アルヴァレスの来航は1546年ですから、教科書で鉄砲伝来が最初というのは正しい、ということになります。

 (5)最後に、指宿の山川港については、幕末においても、琉球との貿易で、薩摩藩に莫大な富をもたらし、それが薩摩藩の討幕運動の金銭的支えになったことは有名な話です。このことも「ブラタモリ」で言及ありましたが、ここでの主役は坊津ではなく、山川港であったことは、さまざまな調べからは、確かなようです。本日は西洋人初渡来の謎を追求してまいりました。

カテゴリー: 日本史文化論
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